祗是未在

ソゾタケの仏像日記

東大寺法華堂(奈良県奈良市)—紛う事なき塑像の最高傑作・執金剛神像

      2014/03/01

二月堂前掲示板

良弁(ろうべん・689-773)とは、東大寺の開山として知られる奈良時代の高僧である。奈良にゆかりがあるイメージだったが、出自は相模国とも鎌倉生まれとも言われ、義淵に師事して学んだという。別の伝承では、近江出身で、子どもの頃に鷲に掠われて東大寺二月堂前の木にひっかかっていたところを義淵に救われて弟子となった、というものもあるそうだ。

良弁坐像

(「東大寺大仏展」図録より)

その良弁は一説によれば生駒のあたりで執金剛神を祀って修行に励んでいたといい(金鷲優婆塞と良弁を同一視した説)、聞きつけた聖武天皇によって東大寺の前身となる金鐘寺(こんしゅじ、きんしょうじ、あるいは金鐘山房)の智行僧の1人として招かれた。そして大仏が開眼し、東大寺の初代別当となった。

現在の法華堂(三月堂)は、その金鐘寺の主要伽藍の一つであり、金堂であったとも言われる。法華堂周辺は東大寺の上院と呼ばれ、この一帯が金鐘寺の境内であったと考えられている。

法華堂と言えば、不空羂索観音像(国宝)をはじめ、数々の脱活乾漆像が林立することで知られる。不空羂索観音の背面、ちょうど背中合わせのように置かれている厨子の中に、塑像・執金剛神像が納められている。この執金剛神像が先述の生駒で祀っていたとも言われる執金剛神像と関係があるのかは不明だが、いずれにしても、もともと良弁の念持仏として伝えられているのがこの像である。

執金剛神像は1年に1日のみ、良弁が亡くなった日である12月16日に開帳される。

私は大学の卒論でテーマとしたことからわかるように、天平時代の塑像というものが子どもの頃から好きである。日本に遺されている仏像の多くが木から刀で彫り出して作る「」の像であるのに対して、塑像は粘土を指で盛りつけて作る「」の像。指で作ることが彫刻刀で彫ることよりも優れているとは全く思わないが、手で造形してから乾かしただけの塑像からは、仏師の息づかいをより感じることは確かだろう。

天平仏に多い塑像と脱活乾漆像は、いずれも「彫」ではなく「塑」に分類できるとも言えるわけで、これらの像こそ天平仏の神髄である。法華堂はまさに、天平仏の最高の空間なのである。

法華堂

 

東大寺に到着すると、境内はかなりの人であった。

3年前、子どもの頃からの夢をようやく叶えて良弁忌に東大寺を訪れたが、12月の奈良はきわめて寒いということもあってか、ほとんど人はいなかった。法華堂周辺の上院はさすがに人が多かったが、それでも今回ほどではない。

今回、多くが団体客とみられることからしても、昨今のお寺での特別開帳などでの大混雑との関連性を感じる。これでは法華堂も行列かな、と思ったが、そこまででもなかった。団体さんとのタイミングもあるだろうか。

正面から入り、拝観券を買ってご朱印帖を預けてから、いつも通り正堂へと踏み入れる。

日光・月光菩薩などの塑像4体が東大寺ミュージアムに移動してからは初めて入る。長年、塑像も含む多数の仏像がところ狭しと並んでいる状態を見慣れてきていることもあって、どんな状態なのかといらぬ心配をしていたが、予想以上にスカスカ感はなく、むしろ脱活乾漆像のそれぞれ一体ずつをじっくり拝観できるようになり、統一感もあってとても良いと思った。

堂内は、思ったほどではないとはいえ、普段の法華堂からするとさすがにものすごい人で、いつもの静かでひんやりとした法華堂とは全く違う喧噪状態だった。

法華堂内部概念図

いつもは入れない須弥壇脇への道が開いており、そこからぐるりと北面へと回る。執金剛に会えるということももちろん素晴らしいのだが、この須弥壇の横から諸像を拝観できる、というのもかなり良かった。梵天・帝釈天のヌボーっとした巨大さを今までになく感じられたり、いつもは遠い後列の四天王像をじっくり見られたり、そして何と言っても不空羂索観音を横もしくは斜め後ろから拝観できたのが本当に良かった。

3年前の開帳の折はまたちょっと違う雰囲気だった。すでに須弥壇側の工事が始まっていていつものように正堂に入れず、不空羂索観音像は修復へ、金剛力士像は奈良国立博物館へ移動し、月光菩薩などはお堂の礼堂側へ移動して特別展示されていたため、執金剛神像の開帳は法華堂裏側からの出入りだった。

3年前の執金剛神開帳時の様子

3年前の執金剛神開帳時の様子

 

さて、いよいよ執金剛神像に3年ぶりに対面する。本尊に背面して置かれているのは不思議な気もするが、平安時代の「日本霊異記」にもこのように置かれていたと考えられる記述が見られることから、昔からこうであったようだ。北に向いて厨子が開かれている。

須弥壇の北側の通路に入ると、たくさんの人たちが少し高い位置にある厨子の中へ熱い視線を送っているのが目に入った。

 

執金剛神像(天平時代)塑像彩色 像高173cm 国宝

執金剛神像 全体

(絵葉書より)

執金剛神は仁王として表される金剛力士と同じものであるが、こちらは阿形吽形に分かれることなく一体で表される。仁王は上半身裸だが、こちらは甲冑をつけ、金剛杵を振りかざしている。肘から先は籠手等はないため裸身で、力強く握って下げた左腕には、浮き上がる血管も見事に造形されている。最近の研究で、目は石材ではなく鉛ガラス材を使っていることも判明した。

執金剛神 近影

(絵葉書より)

3年前は須弥壇工事のために厨子も移動させられて本来の位置にはなく、北西の隅に作られた台の上に、合板材のようなもので作られた簡易な厨子が置かれ、その中に金色の膜を張って、そこに執金剛神を安置していた。結構高い位置で遠く、また金幕と照明の関係で、像本体がとても暗くていまひとつよく見えなかったイメージがある。いつもとは違って遠い感じよねぇ、と話している老夫婦がいたことを記憶している。

 

当初の八角二重基壇の配置?

当初の八角二重基壇の配置?(2011.10.31.読売新聞より)

今日は本来の位置に戻り、2010年に新しく国宝の附(つけたり)として指定された「漆塗厨子」に入っている。

 

昨今の研究では、台座の痕跡から、執金剛神は当初は厨子に入っておらず、同じ不空羂索観音の八角二重基壇の下段に、不空羂索観音を取り囲むように、日光・月光菩薩(おそらく梵天・帝釈天として?)、現在は戒壇院にある四天王像とともにぐるりと並んでいたのではないか、という見解が出された。それが事実であれば、かなりすごい状態であったことだろう。

 

現在は厨子に入っているが、その厨子の底の位置の高さは私の背と同じ180cmくらいで、少し見上げる程度なので非常に近い。そして照明はなく、北面の扉が開かれ障子越しに入ってくるやわらかい光のみであった。

この状態で見ると、3年前に拝観したときとはかなり違うと感じる。素晴らしい。この一言につきる。

この像について最も語られる腕に遺される彩色は本当に素晴らしい。当初の色が「何とか色が遺っている」、というよりは、「1300年前のまま」、とでも言った方が適しているかのように鮮やかだ。像全体の至る所に彩色が遺り、緑青のと金箔の、そして塑土の透き通るようなが非常に美しい対比を見せている。

3年前よりは低く見やすいが、それでも目線よりはやや高い位置になるため、みんな厨子に対面する北戸への階段に上ってコーラス隊のように並んでじっくりと眺めている。そうするとちょうどいい高さになるからだ。私もそうしてじっくり拝観したが、最後に階段を降り、最も前で下から見上げてみたところ、顔の造形の立体性や造形の素晴らしさ、そして像の動きすら感じることができた。

執金剛神像

(絵葉書より)

厨子の上部に幕がかかっているため、大蜂になって将門を退治したという元結は見えない。それは3年前の方がよく見えたのだが、やはりこの像はこの場所で、障子越しの光のみで拝観するのが望ましい。

塑像の最高傑作であることは疑いがないと思ってきたが、今日、まさにそれが確信になったという気がする。これほどの塑像がよくぞ1300年の時を経て今に伝わったものだと思う。これぞ塑像の白眉である。

 

良弁忌の日にしかいただけない法華堂の特別ご朱印

良弁忌特別ご朱印

 

 

法華堂を出て、開山堂へ。良弁上人坐像を拝観する。ここはお堂が狭いこともあって、門を入ってからしばらく並ぶ。3年前はカリンの実をいただけたのを思い出す。

開山堂前

 

一段下って俊乗堂へ。

俊乗堂

運慶作ではないかということで最近注目を浴びつつある重源上人像(鎌倉時代・国宝)や、快慶作阿弥陀如来立像(鎌倉時代・国指定重文)など、名にし負う素晴らしい仏像たちも拝観する。今まで俊乗堂は何度か拝観しているのにいまひとつ気づけていなかったのが、重源像の左側の隅にある厨子に入っている愛染明王坐像(平安時代後期・国指定重文)である。じっくり拝観すると、スリムで、かつ小顔でスタイルの良さを感じさせる。これがなかなか良かった。

良弁忌は東大寺でも1年間通してきた法要の最後のしめくくりということで、これが終わると一年の納めへと進んでいくようだ。

またいつ良弁忌に東大寺にこられるかはわからないが、必ずまた訪れたいと思う。

 

最後に鹿の写真2枚。奈良公園の鹿たちも寒いせいか、どこか活発さがない感じだが、夏生まれの子鹿がなかなかかわいい。

てへぺろ鹿

てへぺろ鹿

 

鼻アップ

鼻鹿

 

 

東大寺(上院)】

〒630-8211 奈良県奈良市雑司町406-1
TEL: 0742-22-5511(東大寺)
拝観:法華堂執金剛神および開山堂は毎年12月16日開帳、俊乗堂は他にも開帳あり 法華堂のその他の諸像については常時拝観可
拝観料:法華堂500円、開山堂500円、俊乗堂500円 四月堂、二月堂(外縁のみ)は無料
拝観時間:8:00〜17:00 ※時期によって変更がある(執金剛神開扉は法要後10時ごろから16時まで)
アクセス:近鉄奈良駅から徒歩20分(南大門までの時間)南大門付近まではバスあり
駐車場:南大門近辺などの駐車場あり(すべて有料)

 - 天平時代, 塑像, 脱活乾漆像, 菩薩, 天部, 尊像、肖像, 東大寺造仏所, 仏像, 奈良県

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

山寺ご開帳フライヤ
立石寺(山形県山形市)―50年に1回のみのご開帳、堂々たる薬師如来

今年、山形がアツいのは、間違いなく立石寺、通称・山寺のご本尊である薬師如来が50 …

壽宝寺千手観音像
壽宝寺(京都府京田辺市)—昼と夜の顔をもつ真数千手観音

奈良滞在も3日目となり、いよいよ今回の奈良旅のメインである東大寺の良弁忌の日とな …

十一面観音像 斜め前からアップ
慶田寺(奈良県桜井市)—「いいお顔」の観音像のヒミツ

桜井市の北辺一帯は独特な雰囲気をもった空間だな、と子どものころからこの地を訪れな …

阿弥陀如来横顔
保昌寺(宮城県刈田郡蔵王町)―平泉文化に通じる丈六阿弥陀如来

  蔵王温泉では、「四季のホテル」というところに宿泊したが、とても良か …

楽法寺山門
楽法寺(茨城県桜川市)— 引き込まれる異質な雰囲気の雨引観音

日本には数多くの巡礼というものがあるが、お遍路さんと並んで最も著名なのが百観音巡 …

笛を吹く飛天
薬師寺東塔水煙降臨展(奈良県奈良市)―長年見上げてきた”凍れる音楽”の頂

  家族での所用があり、普段は帰ることのないこの時期に実家である愛知県 …

鑑真お身代わり像
冬の唐招提寺(奈良県奈良市)—和上の寺 新しく迎えたお身代わり像

  東大寺法華堂の修理が終わり、今年は3年ぶりに12月16日の良弁忌に …

入口の看板
南山城の古寺巡礼展(京都国立博物館)

京都というと祗園や清水、鴨川や御所、二条など、街の中心街の華やかなイメージが一般 …

毘沙門天
福光園寺(山梨県笛吹市)―慶派仏師・蓮慶による吉祥天および二天像

今年の夏も暑い。 最近は夏は暑く、冬はそんなに寒くはないものの雪がやたらと多い、 …

専長寺 阿弥陀如来坐像
専長寺(愛知県西尾市)―京都から遷されてきた美しく気高い阿弥陀如来座像

西尾というとまず浄名寺、というイメージだったが、他にも近くにいい仏像が安置された …