祗是未在

ソゾタケの仏像日記

安産寺(奈良県宇陀市室生区)― 住民とともにある地蔵菩薩の心

      2014/03/01

奈良の中央の東部あたりの山間のお寺というと、長谷寺室生寺がセットで紹介されることが多い。しかし桜井市から初瀬川に沿って東へと山へ入って行くと、長谷寺への入口はすぐに現れるが、そこから先はかなり遠く、室生寺はかなり奥だ。

室生寺は私が最も好きな寺院であり、金堂に居並ぶ弘仁仏の素晴らしさは比類がない。子どもの頃からもう30回を降らない回数で参拝しているが、いつ行っても、仏像、建造物、自然が本当に素晴らしく心を洗われる。

その同じ室生の里に、小さなお寺がある。それが安産寺だ。

同じ里とは言っても、室生寺は近鉄線の駅からさらに室生川に沿って6キロも山へと分け入った先にある山岳寺院であるが、安産寺は近鉄三本松駅から近い山村にある。

私が安産寺を初めて訪れたのはもう4年前になるだろうか。たまたま1月23日〜24日に実家に帰らなければならない用事があり、24日は日程に余裕があったので、以前より行ってみたかった安産寺では初地蔵会の日ということで、西へと車を走らせたのである。

安産寺本堂

集会所のようなお堂の戸を開けると、集まっていた里の方がこちらを一斉に見て、「誰だろう?」という顔をされたが、「お地蔵様を拝ませていただけますでしょうか」と言うと、すぐに皆さんが「あぁ」と、暖かい笑顔になって「どうぞどうぞ」と招き入れてくださった。収蔵庫で拝観していると、おそらく法要に遅れてしまったと思われる里の人にもお経を上げるべく、足の悪いお坊さんがみんなに手伝ってもらって座布団にようやく座ってお経を上げていた。本堂に戻ると、みかんでも食べて行きなさいとすすめてくださり、いろいろなお話を聞かせていただいたのを思い出す。

安産寺の百日紅

2度目の時は前もって電話をして伺った。お堂の前で待っていると、腰が90度くらいに曲がったおじいさんがニコニコしながら来てくださり、収蔵庫を開けて下さった。拝観後、お堂でゆっくりとお話をさせていただいたが、こうした集落で維持していくことの大変さをしみじみと感じた。その時に対応してくださったのが洞出さんという方だった。

私は室生寺が好きなので奈良を訪れると時間の制約さえなければ室生の里へとやってくることがほとんどだが、この安産寺にも、4年前に初めて訪れて以来、必ずお邪魔させていただいている。洞出さんは、大阪からは毎月来てる人もいる、とおっしゃっていたので、上には上がいるようだ。

安産寺前を走り抜ける近鉄特急

(安産寺のすぐ前を走り抜ける近鉄特急アーバンライナー)

 

今回は3名の世話役の方には残念ながら連絡がつかず、諦めかけていたところ、幸いにして最後の1人の方に対応していただけた。

 

地蔵菩薩立像(弘仁時代)一木造 像高 国指定重要文化財

地蔵菩薩立像

(絵葉書より)

 

地蔵菩薩というのは、仏の中で一般に最も広く知られていると言える。「かさこじぞう」の童話などからも知られるが、道ばたの石仏のお地蔵さんはとても身近で、多くの人が知っている。そうしたお地蔵さんは、お坊さんのようなスタイルをしているということや、赤い前掛けなど、かわいいというイメージがどちらかというと強い気がするが、この地蔵菩薩は大きく違って、一言で言えば「美しい」。こんなに美しい地蔵菩薩は他にはまずいないだろう。お寺では「子安地蔵」として祀られている。

靴を履いていたり、袈裟を着ておらず如来に近い形であること、耳たぶの長さなど、地蔵菩薩としては非常に珍しい造形である。

地蔵菩薩立像 Y字紋

(「大和古寺の仏たち」図録より) 弘仁仏の特徴でもあるY字紋も比類のない美しさ

収蔵庫の中では至近距離でぐるりと拝観させていただけるが、まさに水を流したかのような素晴らしい美しさの衣紋といい、いつ見てもしびれてしまうほどの造形である。

この像はもともとは室生寺金堂に安置されていたとみて間違いないだろう。像全体の造形を見ても明らかだが、翻波式衣紋のうちで、室生寺にしか見られない形式として、大波の間に小波が2本入るという「漣波式」と呼ばれる衣紋も、室生寺金堂中尊の薬師如来(伝釈迦如来)立像と全く同じ造形となっている点も証左と言えるであろう。さらに、現在の室生寺金堂の向かって右端の地蔵菩薩は像容も全く違うが、何よりも光背の高さが全く合っておらず、この安産寺像と合わせるとぴったりとくる。実際、安産寺の寺伝でも室生川を流れ下ってきた、ということであり、何らかの経緯でこちらに移動してきたと思われる。

地蔵菩薩の右手

(「大和古寺の仏たち」図録より)

室生寺からは、返還を、という依頼が来ているということを何度も耳にする。室生寺のお坊さんが「返してくれない」と話していたのも先ほど耳にしたばかりだ。確かにあの室生寺の金堂にこの地蔵菩薩が、あの板光背を背負って立っていたらものすごいことになるだろう。室生寺好きとしてはそれも見てみたいとも思う。

しかし、私はこれからもこのままでいてほしい、と思う。

この地蔵菩薩がこうして安定してこちらでお参りさせていただくようになるまでには紆余曲折があった。これほどの仏像であることから、とある博物館などから、ここでの保存は賛成できない、博物館に寄託せよ、というお達しが何度も来たそうだ。寄託したり返還依頼をして返還してもらったりの繰り返しを経て、収蔵庫を建てるなら良い、と言われたことから、住民がお金を出し合って今の収蔵庫を建てたのである。そうした交渉を先頭に立って担っていたのが、先ほどの洞出さんだという。

洞出さんはご高齢で、世話役を引退され、現在は入院されているということだが、今回対応していただいた世話役の方は「私たちとこのお地蔵様を結びつけてくださったのが洞出さんなんです。ぜひ回復されることを祈っていますよ」と心配そうな顔をされた。ぜひお元気になってほしい。

東京国立博物館で1993年に開かれた特別展「大和古寺の仏たち」展。私も見に行ったが、ここに地蔵菩薩像は出展されていた。室生寺からは金堂地蔵菩薩の光背が出展され、初めて合わせる形で展示されたのである。このとき、こちらの子安地蔵が安産寺から運び出される時には村人がみんな出てきてお見送りをし、博物館から帰ってきた時にはみんなでお迎えをしたという。それほどにまでにこの地蔵菩薩はこの地で愛されているのだ。

地蔵菩薩立像と室生寺光背

(「大和古寺の仏たち」図録より 室生寺金堂地蔵菩薩の光背と合わせた写真)

 

仏像というものは、いろいろな意味での救いの存在だ。気持ちを安らかにしてくれることも、自らを律することも救いの一つであろう。室生寺にあることが本来であろうとも、この地蔵菩薩はこの地において多くの人の心を救い、深く長く愛されてきたのだ。地蔵菩薩にとっても、自らが救い続けたこの村人たちと共にあることを願っているに違いない。

ようお参りくださいました。またいつでもいらっしゃってくださいね」とにこやかに返してくださった世話役の方の笑顔にも、初めて安産寺を訪れた時に私を包んでくれた皆さんの暖かいほほえみにも、出していただいたみかんの鮮やかな色にも、そして洞出さんのはじけんばかりの笑顔にも、この地蔵菩薩への想いがこめられている。その想いを通して、この里はずっとお互いでも支え合い守りあってきているのだ。そう、つまりそれは地蔵の心でもあるのだ。

この里がこれからもこの地蔵菩薩とともに大切に守られていくことを心より願う。

安産寺に咲く花

 

【安産寺(あんざんじ)】

奈良県宇陀市室生区三本松中村2932
TEL:0745-92-2001(室生地域事務所)
拝観:毎月9日、毎年1/24の初地蔵会で開扉 それ以外は要予約
拝観料:500円
アクセス:近鉄大阪線三本松駅より徒歩7分
駐車場:お寺の裏手に3台くらいは駐められる駐車場(無料)があるが、そこへの道のりは事前によく確認を。道はかなり細い。途中に小さな道標あり。

 - 弘仁・貞観時代, 一木造, 菩薩, 仏像, 奈良県

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顔は面長で、頬はふっくらとしている。かなり暗いので肉眼ではなかなかよくわからなかったが、写真に撮って見てみると半眼であることがわかる。頭上の宝髻はかなり簡略化されており、冠を載せるためなのか後補なのかは不明である。唇はやや厚めでキュートな雰囲気が出ている。このあたりは観心寺像に女性を感じるのと同じなのかもしれない。