祗是未在

ソゾタケの仏像日記

浄土寺(岐阜県岐阜市福富)— 頭の大きな平安仏と、つるっとした鎌倉仏

      2014/03/16

私の地元は愛知県犬山市である。ここには国宝4城のひとつである犬山城明治村など、数多くの観光地があり、関東でも知っている人は多い。しかしそこが愛知県であるということを知っている人は実はそんなにいない。皆さん岐阜県だと思っていらっしゃるようだ。

犬山周辺の地図

地図で見ても犬山市は北隣の岐阜県にはみ出すような形になっているので、そう思われても仕方ないのかな、とも思う。実際、木曽川を渡ればすぐ岐阜県であり、犬山には外食ができる店が昔からかなり少ないということもあってよく岐阜県側へ食べに行ったり、ちょっと足を伸ばして下呂や高山など、名古屋へ行くよりもはるかに岐阜へと出入りすることの方が多かったということで、岐阜県はかなり身近だ。そういえば父も岐阜県出身であったりもする。

その岐阜県であるが、美江寺観音のエントリでも書いたとおり、古くは東山道中山道という、かつての大動脈が通っていたこともあり、もともとは名古屋よりはるかに文化レベルの高い地であったようで、仏像に関しても多くの素晴らしいものがあるようだ。

今年は年越しで実家に帰省せず年明けて1月第三週で帰省したのだが、せっかくなので岐阜南部、美濃の仏像めぐりをしたいと思って事前に調査し、お寺や教育委員会などにあちこち電話をかけた。しかし岐阜県のお寺というのは1週間前ではなかなか予約がとれないそうで、多くのお寺に断られてしまった。それでも2つのお寺から快諾をいただくことができた。

 

犬山とは木曽川を挟んで隣の岐阜県各務原市を通り、岐阜城の東側のあたりで長良川堤防へと出る。そこから北東へと抜けて長良川を渡り、広々と開けた田園地帯へと入ってしばらくいくと、福富という小さな集落へと入る。その一角に、集落の大きさからするとかなり立派といえる伽藍を構えたお寺がある。これが今回の最初の目的地である浄土寺である。

お寺の門は鐘楼門になっている。

浄土寺鐘楼門

門前の右側に馬頭観音の石仏が並んでいるが、どれも憤怒僧ではないため、一瞬それとわからなかった。銘文によると3体の観音の石仏は周辺地域にあったようだが、開発によってこの地に集積されたらしい。

馬頭観音石仏

近づいた頃に連絡しておいたこともあってか、境内に入って本堂に近づくとガラリと戸を開けて迎えてくださった。

お堂に入ると、すぐにそれぞれ厨子に入って並んで立つ2体の仏像が目に飛び込んでくる。

本堂内部

 

聖観音菩薩立像(藤原時代)ヒノキ材寄木造 像高174.2cm 県指定文化財

聖観音菩薩像全体

平安仏らしい雰囲気をたたえた表情である。ふくよかで、菩薩というよりも如来の面相だな、と感じる。「尊容如満月」と言われた藤原仏らしい顔つきである。

聖観音 やや近影

厨子はやや高いところにあるのだが、それでも頭が大きいな、という感じがする。お寺の方が非常にありがたいことに踏み台を持ってきてくださったのでそれに乗って同じ目線の高さで見ると、体はほっそりとストンと落ちていて、頭が丸く大きいのがよくわかる。それがまた何とも愛らしく、平安仏の美しい造形とも相まって、何ともいい観音さんだなぁ、と感じる。

蓮の蕾は後補ということと両手の指にわずかに補修痕があるが、それ以外は欠損もないということだ。

聖観音菩薩腕部

 

ちなみに、こちらの像の模刻が岐阜県の百年公園にある県立博物館に所蔵されているそうだ。

聖観音菩薩近影

寺伝では、もともとは比叡山西谷浄土院にあったが、江戸時代の寛永年間に、寺の中興の祖である吟龍が携えて帰り、境内に一堂を営んだという。

 

阿弥陀如来立像(鎌倉時代)ヒノキ材寄木造 像高95.5cm 県指定文化財

阿弥陀如来立像全体

頭が重そうな聖観音に比べて、こちらはどちらかというと頭が小さい感じだ。来迎相の阿弥陀如来立像である。つい聖観音像に目がいってしまうが、実際にはこちらがこのお寺のご本尊である。

阿弥陀如来左斜め前から

鎌倉時代の作ということだが、あまり鎌倉時代らしい雰囲気ではなく、なで肩でつるっとあっさりしているイメージである。衣紋が立体的に彫刻されているのではなく、線刻のようにした沈線で表現されていることもそれを感じさせる一因かもしれない。

阿弥陀如来右手印

頭の螺髪は細かく彫り出されている。丸顔で目は彫眼と古式であり、造りもどちらかというと平安っぽい雰囲気も漂う。凹凸があまりなく、全体的に薄いイメージを感じさせる。

阿弥陀如来近影

堂内に掲示されている写真を見ると、照明の当て方次第では全く違う雰囲気の像に見えるようだ。

お寺に飾られていた写真

堂内には十王像も並んでいた。

十王像

目がかわいい奪衣婆。「キャーっ」とでも声を出して大笑いしているようにも見える。

奪衣婆

 

お茶まで出していただいたご住職の奥様には本当に良くしていただいた。丁寧にお礼を申し上げてお寺を後にした。

 

境内の地蔵菩薩

 

【浄土寺(じょうどじ)】

〒501-2565 岐阜県岐阜市福富647-1
TEL:058-229-1337
拝観:要予約
拝観料:志納
アクセス:JR岐阜駅から岐阜バスで30分「福富口」バス停下車徒歩約2分
駐車場:門前に5台ほどの駐車場あり(無料)

※岐阜市には岐阜城近くにも浄土寺があるため、「岐阜市福富の浄土寺」で検索することをお勧めする

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 - 藤原時代, 鎌倉時代, 寄木造, 如来, 菩薩, 地方仏, 岐阜県

Comment

  1. 迦楼馬 より:

    いつも素敵な写真と解説にのめり込んでしまいます。
    「尊容如満月」という表現があるのですね、勉強になります。
    確かに平安期の仏像は満月のようにふっくらと穏やかなお顔をされていますよね。
    仏像に興味を持って数年の僕には凄くためになります。

    聖観音菩薩は大きな頭部と大きな掌が安心感を与えて下さる素晴らしい雰囲気をまとわれた方ですね。
    顎のふくらみや唇の感じなんかはホントに如来様の様です。

  2. ソゾタケ より:

    >迦楼馬さま

    いつもありがとうございます!
    平安後期の仏像はまん丸な顔で何だかホッとさせてくれますよね。この仏像はちょっと体がスリムすぎるとは
    思うのですが、顔と腕が強調されているのかな、という気もします。

    「尊容如満月」は、清水眞澄さん著の「仏像の顔—形と表情をよむ」(岩波新書1445)によると、
    1054年の著である藤原資房による「春記」という書の中に、京都西院にあった藤原邦恒屋敷の
    丈六阿弥陀を見て「安置丈六阿弥陀仏、尊容如満月、堂宇之体壮麗誠可歎美」という、定朝様阿弥陀を
    評した文言に見えるそうです。もともとは「大智度論」に記された「仏の三十二相」のさらに細かい
    「八十種好」という中に「面浄満如月」とあるのと、「大般若経」での三十二相には「面輪猶満月」とも
    あるそうで、月を使った表現はこの辺りからの引用なんだろうな、という気もします。
    定朝そのものがそうしたお経の内容を体現しようとした、とも言えるかもしれません。

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