祗是未在

ソゾタケの仏像日記

観音の里の祈りとくらし展 (東京藝術大学大学美術館)

      2016/06/21

クリアファイル

先着順で入場時に配布されているクリアファイル

渡岸寺十一面観音

渡岸寺十一面観音立像(国宝)
渡岸寺で販売されている冊子より
注:今回は出展されていません

湖北、という言葉を聞くと、いつもほんわか暖かいものが胸に広がる。かつては実家に帰省するたびに車を走らせ、関ヶ原から伊吹山の南麓を通っては湖北へと通っていたものだ。

滋賀県、琵琶湖の北西・湖北の地は「観音の里」と称されるように、平安時代の観音菩薩像がたくさん存在している。私の最も好きな仏像のひとつでもある渡岸寺十一面観音立像(弘仁時代・国宝)をはじめ、非常に美しい仏像が多い。そして何と言っても、住民がずっと大切にして守り続けていることを肌で感じられるところがとても良い。いつ訪れてもとてもあたたかい気持ちにさせてくれる地なのである。

その湖北観音の里から観音像が東京にやってきた。正直なところ、まさかこんな特別展が東京で開かれるとは思っていなかった。私が東京に来てからでも、リーダー格の渡岸寺十一面観音像が2006年の「仏像 一木にこめられた祈り」展に来たことはあったが、それ以外はないのではないだろうか。本当に驚きだ。

最近は仏像関連の特別展をよく開いている東京・上野の東京藝術大学大学美術館。その地下2階の展示室の1室のみというやや小さめの会場での内容ではあったが、中に入ると、全部で18体のそれぞれに個性あふれる観音菩薩が並んでいた。

すべてを紹介するわけにもいかないが、ソゾタケ的に印象が深かった仏像を数点ご紹介したい。

事前ブロガー内覧会は残念ながら抽選漏れしてしまったので、写真は赤後寺像以外は購入した展覧会図録会場2Fミュージアムショップにて購入可能)から引用させていただいた。

この図録は、A5版とやや小さめで書籍のような構成になっているが、写真は多く、内容も興味深く読み込める。そして後半には長浜市にある国・県・市指定の観音像が写真入りで一覧になり、さらに拝観情報もリスト化されているという、それで1500円という価格なので、これはもうぜひ入手されることをオススメしたい。

 

千手観音立像(赤後寺)弘仁時代 ヒノキ材一木造 像高173.6cm 国指定重要文化財

赤後寺千手観音像

(赤後寺にて撮影)

赤後寺(しゃくごじ)には何度もお参りさせていただいている。一昨年の5月にも訪れた。当番制の世話役の方に電話をかけるとわざわざ来て下さる、というスタイルは昔も今も変わらない。これらの赤後寺の写真はその時に、特別な許可をいただいてお寺で撮影したものである。

初めてお参りさせていただいた時、初見で「これは天平ではないか?」と感じて世話役の方にそう話したことがある。果たして某大学の先生もそのようにおっしゃっていたそうであるが、むしろ乾漆像のような造形でもあり、少なくとも古様ということは言えるだろう。

赤後寺千手観音像腕部

(赤後寺にて撮影)

湖北の地域は姉川の合戦賤ヶ岳の合戦などの戦がよく行われたこともあり、天台宗の一大信仰地でありながら、寺や仏像は危機的な状況を何度も迎えてきた。それを村人たちが何とか観音様を自力で守ってきたのである。渡岸寺十一面観音は土中に埋めることで、そしてこの千手観音像は川に沈めることで何とか守ったという。腕は今では12本のみ、それも手先をすべて失っているが、かつては42本の腕を持ち頭上面もつけ華々しい像であったことだろう。現在は痛々しいお姿ではあるが、その遺された腕の生々しさが、かえってかつての姿の素晴らしさを物語っているという気もする。

お厨子から出てこうして美術館の照明の中で拝見すると、お寺で見てきたのとは全く違ってかなり微笑んで、むしろニッコリされているように見える。これには驚いた。

赤後寺千手観音像と聖観音像

(赤後寺にて撮影)

赤後寺ではもう1体、平安時代作の菩薩型立像(平安時代・国指定重文 写真右が千手観音と2体一緒に同じ厨子に入っているのだが、今はお一人で村を守っていらっしゃるのだろうか。

 

十一面腹帯観音菩薩立像(大浦十一面腹帯観音堂)藤原時代 カヤ材一木造 像高149.0cm

十一面腹帯観音立像全体

(図録「びわ湖・長浜のホトケたち」より)

見たことがない腹帯姿にも目を奪われるが、それ以上に像の持つ雰囲気と造形の素晴らしさに目を奪われた。木目と深い色合いも際立っており、材質の妙なのかもしれないが、かなりインパクトがある。

十一面腹帯観音顔部

(図録「びわ湖・長浜のホトケたち」より)

同心円状に顔に年輪が出ているが、鼻はまっすぐ縦に木目が出ており、それがまた造形のバランスにも微妙に関わっているように感じる。ややふっくらとしているが、厳しさも漂わせる風格で、全体的にかなり荒れた状態ながらも、像そのものが秘める力強さと相まって、独特で異様なほどの存在感である。思わず見入ってしまった。

 

如来形立像および菩薩形立像(安念寺)平安時代中期 ヒノキ材(如来)カヤ材(菩薩)  一木造 像高135.3cm(如来)、152.5cm(菩薩) 

いも観音(如来型)

如来型立像(図録「びわ湖・長浜のホトケたち」より)

 

痛々しい破損仏ではあるが、これほどに吸い込まれるような感覚になるものもあまり今までには会ったことがない。南伊豆・河津町の南禅寺(なぜんじ・現在は伊豆ならんだの里 河津平安の仏展示館に収蔵)の破損仏に会って以来だろうか。しっかりとした立体であるにも関わらず、まるで輪郭がぼやかされているかのような不思議な錯覚を覚える。

 

いも観音(菩薩型)

(図録「びわ湖・長浜のホトケたち」より)

破損仏(欠け仏)は日本各地に数多くあり、このような状態のものもよく目にはするが、螺髪の彫りだしや衲衣の造形などの残り具合が、こういっては何だが、”絶妙”だと感じる。思わず長く見入ってしまう雰囲気を持っている。安念寺にはこの他に8体の破損仏があるそうで、ぜひ一度訪れて現地で拝観させていただきたいものである。

いも観音」として親しまれてきているそうで、過去には子どもたちが川に浮かべて遊んだり、川で洗った、という記録が残っているそうだ。岩手県の松川二十五菩薩像も顔や腕がない破損仏であるが、世話役の方が、昔は仏像でよく遊んだと仰っていた。過去の地域的な仏像との関わりにおいてそのようなふれあいがあったということの書籍だったか論文があったと思うのだが、表題を忘れてしまった。読んでみたいところだ。

 

聖観音菩薩立像(総持寺)藤原時代 ヒノキ材一木造 像高100.1cm 国指定重要文化財

(図録「びわ湖・長浜のホトケたち」より)

(図録「びわ湖・長浜のホトケたち」より)

この像はまず表情に惹かれる。彫りは非常に薄いものの、積極的にこちらに語りかけるでもなく、とはいえこちらを拒絶するわけでもない、独特な瞑想の雰囲気が何とも良い。昨年12月に訪れた正楽寺(奈良県平群町)の十一面観音の表情も、やはり同じように、近づきもしないが拒絶もしないという距離感の中に深い瞑想を感じた。こちらの像とは造形としては全く似ていないものの、何か共通するものを感じさせる。

もうひとつ惹かれるのが、長い足の両側へ、腕から垂下する天衣の美しい造形である。観音の里の仏像で垂下する天衣といえば、やはり渡岸寺十一面観音の美しさは比類がないのだが、こちらの像も非常に美しい。

 

馬頭観音立像(横山神社)藤原〜鎌倉時代 ヒノキ材一木造 像高99.6cm 長浜市指定文化財

(図録「びわ湖・長浜のホトケたち」より)

(図録「びわ湖・長浜のホトケたち」より)

今回訪れた他の17体の観音像はすべて穏やかな瞑想の表情である中、こちらの像だけが憤怒相の馬頭観音である。第一印象としては、プリミティブなざっくりとした彫りだな、ということであったが、それがまた不思議な存在感を醸し出している。憤怒相ではあるが、まぶたがはれぼったかったり、おでこの3つめの目がとても小さくて目らしくなくどちらかというと白毫のようにも見えたり、ニカっとした頭上の馬頭など、何だかいい味を出していて親しみを感じる馬頭観音である。

 

伝聖観音菩薩坐像(宝冠阿弥陀如来)(竹蓮寺)藤原時代 ケヤキ材一木造 像高83.5cm 長浜市指定文化財

(図録「びわ湖・長浜のホトケたち」より)

(図録「びわ湖・長浜のホトケたち」より)

宝冠があったと思われ、宝髻ではなく螺髪が見えること、通肩であることからもともとは宝冠阿弥陀であったと考えられているそうだ。宝冠阿弥陀如来は天台宗寺院の常行三昧堂の本尊として祀られる。著名なものでは、快慶作の耕三寺像(広島県)や伊豆山神社像(静岡県)などがあるものの、比較的残存が少ない珍しい像である。しかし宝冠阿弥陀と言うと弥陀定印というのが一般であったと記憶しているのだが、こちらの像は右手を挙げていることから、手先だけではなく腕の肘から下は後補なのだろうか?

やや童顔ながらとてもきれいな顔立ちで、優しく穏やかな雰囲気で、何だかホッとさせてくれた。

 

聖観音坐像(阿弥陀寺) 藤原時代 カヤ一木造 像高95.7cm 長浜市指定文化財

阿弥陀寺聖観音

(図録「びわ湖・長浜のホトケたち」より)

最後はこちらの聖観音坐像。もともとは阿弥陀如来とともに二尊で祀られていたのだそうだ。

全体がとても端正な造形で、遠くから見てもハッとさせられる雰囲気を持っている。「尊容如満月」と評されるまん丸な藤原時代らしいその柔らかい顔のインパクトが大きい。まとまりのいい表情の彫りや、冠の際の髪の毛の波打ってる造形が何とも言えずきれいだ。蓮を持っていたと思われる両腕の造形が特に立体的に際立っていて、前に立つとこの両腕はかなり主張してくる感じである。そして衣紋がまた非常に美しい。

像全体に比して下半身は小さめながら足の裏が相当大きいのがやや気になるところで、ひょっとすると後補もあるのかもしれないが、全体としては木の風合いも良く、とてもきれいな仏像である。藤原仏らしい良さが感じられる像だと感じた。

 

この特別展はやや通好みな内容ではあるが、著名仏がないからこそ、それぞれの観音様とまっさらな心で向き合えるのかもしれない。小規模ながら素晴らしい特別展であった。

ここに来た18体以外にも数多くの観音像が村人たちによって長年守り伝えられ、それが今も続いているというのは、いつも思うことであるが、本当に素晴らしい。今回の特別展が果たしてどのように影響を与えていくのかはわからないが、あの何とも暖かくも美しい里で、これからも観音様たちが大切に守り伝えられていくことを祈りたい。

 

観音の里の祈りとくらし—びわ湖・長浜のホトケたち展

会場:東京藝術大学大学美術館  〒110-8714 東京都台東区上野公園12-8 TEL:050-5525-2200(代表)
会期:2014年3月21日(金・祝)〜2014年4月13日(日)
入場料:500円(同時開催の春の芸大コレクション展と共通)先着順でクリアファイルプレゼント
開場時間:午前10時 – 午後5時 (入館は午後4時30分まで)※ただし、4月11日(金)は午後8時まで開館(入館は午後7時30分まで)
休館日:毎週月曜日

 - 平安時代, 弘仁・貞観時代, 藤原時代, 鎌倉時代, 一木造, 寄木造, 如来, 菩薩, 博物館,美術館, 仏像, 滋賀県, 23区

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