祗是未在

ソゾタケの仏像日記

無量寺(長野県箕輪町)— 衣紋美しき阿弥陀如来

      2015/09/10

阿弥陀如来衣紋

伊那谷は馴染みが深い。子どもの頃から山好きな両親とともに長野へはしょっちゅう訪れていて、松本や霧ヶ峰、北アルプスへと出かけてきた。そのためには愛知から中央道を走り、伊那谷を走ることになる。かつては長野道がなかったので、伊北インターチェンジで降りて153号線を塩尻へと峠越えしていた。また、姉が学生時代を過ごした地でもあり、その影響で自動車の免許はこの地で合宿で取得していたりもする。

その伊那谷の北端、先述した伊北インターチェンジのすぐそばに、国指定重要文化財の仏像を有するお寺があるというのは全く知らなかった。

合原阿弥陀堂のある阿南地方から1時間ほどで飯田へと戻り、そこからは中央道を走って30分ほどで伊北インターに到着する。そこからは5分ほどの、谷の対岸にあたる部分の高台に無量寺はあった。ずいぶんと大きなお寺である。

 

 

 

無量寺は寺伝によると、元仁元年(1224年)亨賢和尚の開基であり、現住職で51代目。伊那谷は地理的に多くの寺社が戦国時代に焼き討ちに遭っているが、無量寺は幸いにしてその記録がないという。

境内の宝筐印塔がかなり立派だ。

宝篋印塔

塔そのものは細身であるが、屋根の部分が立派であり、さらに立ち並ぶ石仏が何とも見事である。1803年に作られたもので、周囲を四天王、地蔵菩薩、不動明王などで囲み、東西に真言八祖像を配している。こちらは箕輪町の文化財に指定されているようだ。

宝篋印塔 像

予約していた者であることを告げ、本堂から少し離れたところにある収蔵庫へと案内される。頑丈な扉が開けられると、ちょうどまぶしい西日が差し込むようになり、そのまぶしい反射に目が慣れるてくると同時に輝く仏像が現れた。

収蔵庫

 

阿弥陀如来坐像(平安時代後期)ヒノキ材寄木造 像高113.3cm 僧覚有・永範作 国指定重要文化財

阿弥陀如来 右側から全体

何だかあどけない雰囲気がある。なぜこんなにあどけない雰囲気なんだろうと思ったが、体に比して頭部がやや大きめであるだけではなく、螺髪の部分が大きめで、表情も目が大きく口は小さい、というのがそのイメージを感じさせてくれるのかもしれない。

阿弥陀如来 右側から顔

少しだけ口を開いているかのようにも見え、しっかりと目を開いていることと相まって、何かこちらに語りかけようとしてくれているようにも感じる。螺髪は彫りだしているようだが、先がとがっているので、トゲがいっぱい出ているかのようである。

阿弥陀如来 左側から上半身

体内には、当時の寄進者と思われる藤原忠成ら34名の名前、作者である大仏師・僧覚有および僧永範の名が墨書にて遺されているそうだ。この一帯はかつては藤原氏の荘園「蕗原庄」であったことから、藤原氏の氏寺のひとつとして作られた寺院の像であると考えられている。

頭が大きくあどけない表情からくるイメージとは違い、衣紋は細かく、非常に美しい仕上がりになっている。冒頭の写真にあるように、脚部の衣紋の美しさからは目が離せなくなるものがある。また、腕のあたりの折り重なる衣紋の襞は非常に美しい。

阿弥陀如来 左腕衣紋

腕先は後補の可能性もあるだろうが、落ちついた造形がマッチしていてとても美しい。

阿弥陀如来 与願印

流麗な衣紋とともに、あどけない表情で、前に座っているとホッとさせられる。安心して来迎して下さるという感じだろうか。

 

阿弥陀如来の脇侍といえば観音菩薩と勢至菩薩であるが、こちらのお寺ではちょっと変わっている。

左脇侍:聖観音菩薩立像(平安時代後期) 長野県宝(長野県指定文化財)

聖観音

右脇侍:地蔵菩薩立像(平安時代後期)長野県宝(長野県指定文化財)

地蔵菩薩

詳細はわからないようだが、いずれも平安時代の作のようで、この2体は見るからに同じ工房あるいは作者によって作られたものだろうと思われる。阿弥陀如来の脇にこの2体というのも珍しいが、さらにもともとは阿弥陀堂内にこの三尊のさらに両脇に不動明王と毘沙門天が並ぶ五尊形式であったようだ。江戸時代の宝暦年間に飯田の仏師・井出右兵衛運正、幸八によって修理されたという資料が残るという。

その時の修理のものなのか、古色仕上げで黒い感じになっているところに白い目が目立つイメージが強いが、よくよく見ると、聖観音は条帛が太くてゆったりと右腕にかかっている様は美しく、また顔をよく見ると、下ぶくれなその表情は、室生寺金堂十一面観音の造形に通じるものがある。白毫が抜き取られているのが痛々しい。

聖観音 近影

地蔵菩薩も衣紋も美しく、やや前屈みになっている体のバランスは、後補の足先がややアンバランスながらもとても良い。表情も近くで見ると凜々しい。

地蔵菩薩 上半身

 

収蔵庫を出て、その隣に立っている旧阿弥陀堂(箕輪町指定有形文化財)へも案内して下さった。三尊像は本来はこちらにいらっしゃったわけである。享保13年(1728年)建立で正面3間、側面4間のなかなか堂々たるお堂である。

阿弥陀堂

中に入ると、内陣と外陣が膝高の仕切りで区切られてしっかりと分けられており、浄土宗系の正当な造りなのだという。

観音堂内部

かつて阿弥陀三尊の入っていた厨子には、現在はこちらの目がギョロリとした不動明王や毘沙門天がいらっしゃった。

不動明王

 

さらにご住職に本堂にも招き入れていただいた。本堂にはこの寺の本尊である薬師如来坐像が安置されている。

 

薬師如来坐像(室町時代)

薬師如来 左前から

阿弥陀三尊の脇侍である地蔵菩薩・聖観音菩薩とともに、江戸時代に飯田の仏師・井出右兵衛運正、幸八によって修理されたという資料が残っているそうだ。古色仕上げになっているが、ほんのわずかに唇が赤い。

知性のある美少年のような瑞々しさがあってなかかかの美仏である。

薬師如来 右前から

薬壺

 

お堂を出て、夕暮れ近い境内へと出る。西日がかなりまぶしいが、とても美しい風景と雰囲気を境内に作ってくれていた。無量寺境内

とても丁寧に対応してくださったお礼をご住職に述べて、お寺を後にした。

地蔵の頭に止まるトンボ

 

西光山無量寺(さいこうざん・むりょうじ)

〒399-4602 長野県上伊那郡箕輪町東箕輪4307
TEL: 0265-79-3051

拝観;要予約
拝観料:300円

アクセス:JR飯田線沢駅から徒歩30分、中央道伊北インターチェンジから車で5分
駐車場:広い駐車場あり(無料)

地図の中心へ
交通状況
自転車で行く
乗換

 

 - 甲信越地方, 平安時代, 室町時代, 寄木造, 如来, 菩薩, 建築, 仏像, 長野県

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

現在の大仏の顔
東大寺大仏殿(奈良県奈良市)その(1)― 天平時代の大仏さんはどんな顔だった?

  奈良といえばやはり何と言っても東大寺であり、そしてやっぱり奈良の大 …

笛を吹く飛天
薬師寺東塔水煙降臨展(奈良県奈良市)―長年見上げてきた”凍れる音楽”の頂

  家族での所用があり、普段は帰ることのないこの時期に実家である愛知県 …

左斜め前から
真覚寺 薬師如来倚像(八王子郷土資料館寄託)―白鳳時代の銅像薬師如来

多摩の仏像についても折に触れて書いて行きたいと思う。 東京都の西部・多摩地区は、 …

風神
円明寺(岐阜県可児市)【後編】— 五大明王磚仏と弁財天、緻密な釈迦三尊像

 — 前編より 岐阜県可児市には優れた仏像が遺されているが、土岐源氏の城のあった …

薬師如来坐像
大善寺(山梨県甲州市)―ぶどうを持った平安時代の薬師如来と日光・月光菩薩

山梨県には素晴らしい仏像が多い、ということは、前回の大聖寺、その前の福光園寺のエ …

阿弥陀如来右下より
福王寺(長野県佐久市)— 災難を乗り越えてきた堂々たる阿弥陀如来と仏たち

長野県は私にとっては縁の深い地である。山と自然を愛する家族に生まれ、愛知県からは …

笹野大日堂 大日如来 側面
「祈りの道へ -四国遍路と土佐のほとけ-」展(東京都・多摩美術大学美術館)③

  ※すべての画像は本特別展監修者より提供を受け、掲載の許可をいただい …

美江寺観音
岐阜市歴史博物館「岐阜の至宝展」(岐阜県岐阜市)―美江寺観音と塑像仏頭

  この日は犬山市にある桃太郎神社のコンクリート像(浅野祥雲作)の修復 …

十一面観音近影
正楽寺(奈良県北葛城郡広陵町)―堂々たる像高2m超の十一面観音

法隆寺のある斑鳩から三輪山方面へと、現在の地図上でも斜めに走る道がある。これはか …

大日如来上半身
阿日寺(奈良県香芝市)— 恵心僧都生誕の地に広がる来迎ワールドと独特な魅力を湛える大日如来

恵心僧都・源信といえば、『往生要集』を著したことで知られる。この書は、後に法然や …