京都というと祗園や清水、鴨川や御所、二条など、街の中心街の華やかなイメージが一般的だろうか。あるいは少し離れた嵯峨野や大原などのイメージも強いかもしれない。しかし京都府、というと実はかなり広くて、北は丹後半島や舞鶴もそうだし、南部は奈良市のすぐ隣まで京都府なのである。
その南部、現在の宇治あたりから京田辺市や木津川市あたりの一帯は、かつての旧国名・山城国の南部ということで南山城(みなみやましろ)とも呼ばれる。今ではのんびりとした田園地帯であるが、かつては平城京と平安京の間にあり、多くの寺院を有し、素晴らしい文化財の仏像も存在している。現在の区分では京都府ではあるが、文化としては奈良の影響が濃いという。
私の南山城の最初の記憶としては、小学生の頃に父と寄った蟹満寺の思い出だろうか。以前の本堂は狭く、あの大きな丈六の銅像釈迦如来(白鳳時代・国宝)が窮屈そうだったのを昨日のことのように思い出す。しかしそれ以外となると、知識としてはお寺を知っていても、実際に訪れるまでには子供の頃からはかなりの年数を必要としてしまった。やっと3年ほど前から巡ることができているという状態である。
そんな南山城地域の11の寺院から、貴重な文化財が京都国立博物館に出展されるということで、昨年から必ず行こうと決めていたのであった。
京都国立博物館(以後、京博)、実は訪れたことがない。向かい側の三十三間堂や隣の智積院などには何度も訪れているのだが、京都に来たからには博物館ではなくお寺へ直接、という意識が強かったからだろうと思う。それは奈良も同じで、奈良博(奈良国立博物館)へは、小学生の頃から毎年正倉院展に訪れていた以外は、ほんの数年前まで常設展示なども含めて全く入ったことがなかったのである。
京博は最近ずっと工事をしているという話であったが、そろそろそれも終わるようであり、特別展だけは開催しているようだ。
片山東熊による設計が美しい京博の本館。
すべてを紹介するのはもちろん無理だが、ソゾタケ的なまとめをしてみたい。
館内の展示は仏像がメインであるが、それだけではない。南山城という地域の歴史と文化性をしっかりと伝えるメッセージ性が高く、仏教以前の文化である埴輪であるとか銅鏡であるとか、そうしたものから展示は始まる。そこが、ただ仏像を並べるという特別展とは大きく違う。
そもそもこの特別展は、3年間に渡る研究調査の成果として開かれていると言ってよい。仏像を集めただけの特別展であってもとても貴重なのであるが、南山城という地域全体を理解できるようになっているのは一貫性があってとても良い。
神雄寺跡出土 塑像片(天平時代)顔面片は縦11.3cm
火災時に焼成されたテラコッタ状の破片であるが、部分的にはよく残っていると感じる。天部左頬および左目の部分(写真右端)が残っているのが貴重だ。表情の造形の一端を感じることができる上に、眼球に嵌めこまれていたと思われるガラス球が融解しているということは、東大寺法華堂執金剛神と同様の技法で作られているという可能性もあるだろう。また、法相華紋や甲冑の飾り鋲、邪鬼鼻らしきものを見ても、その造形水準が高かったことを伺わせる。破片からして二天像だったと思われるようだが、どのような姿をしていたのだろうか。塑像は、奇跡的に奈良などに遺されているもの以外ではテラコッタの破片だけのものが多いが、こうした中から当時の姿を想像していくのも、塑像研究の面白さであろう。
海住山寺 十一面観音立像(平安時代)像高44.5cm 国指定重要文化財
いろいろな特別展でお会いしてきているかなり有名な檀像十一面観音であるが、衣紋を始め、細かい造形が本当に美しい。これほど小さな像の中に、これほど美しさを秘めるというのも素晴らしいな、と思う。顔がやや丸顔で控えめな表情なところがまた愛らしい。
法性寺 地蔵菩薩立像(鎌倉時代) 像高71.6cm
海住山寺の子院(同名の京都市内の寺院とは異なる)に伝わった地蔵菩薩。今回の調査で発見されたということだが、こんな素晴らしい像が発見されていなかったことに驚いた。わずかに微笑んだような口元をしながらも目は切れ長でやや厳しい雰囲気だと感じる。この像は何と言っても衣紋が素晴らしい。お腹あたりからのまさに水が流れるような衣紋はわずかに一定でないところがまた不思議な雰囲気だ。見ほれてしまう像であった。解説にあったように薬師寺蔵の地蔵菩薩に顔がよく似ているが、衣紋の表現はこちらの方がはるかに美しい。
現光寺 十一面観音菩薩坐像(鎌倉時代)像高74.0cm 国指定重要文化財
海住山寺の四天王が置かれた部屋から、間に1つ部屋を隔ててまっすぐにこちらを向いて座っていて、そのつながりがとても印象的な展示だった。一昨年、横浜市の金沢文庫で開かれた「貞慶」展で初めてお会いしたが、改めて拝見してもやはりとてもかわいらしい。坐像の十一面観音というのもそんなに会う機会がないのだが、この天平風な肉付きといい雰囲気が本当に良い。まるで乾漆像のようで、それがこの小ささで造られているところがまた良い。かわいらしいが、その姿は10代前半から中盤くらいのの青年皇子のような雰囲気でハツラツとしている。足の衣紋のカーブが本当にきれいだが、彫りの深いところがやはり天平時代との違いを感じさせるものがある。
笠置寺 毘沙門天立像(鎌倉時代) 像高60.7cm
お寺では楠木正成の念持仏と伝えられているようだ。立像としては小さめながら、造形も細かく、どっしりとした太い幹のような重量感があっていい。現在は奈良博に寄託されている現光寺の四天王像に通じるものがあるそうで、同一工房という可能性もあるとか。奈良博でぜひお会いして見比べてみたい。邪鬼がかなりコンパクトに折り畳まれていて痛そうだが、なかなかユーモラスでいい。
浄瑠璃寺 大日如来坐像(鎌倉時代) 像高60.2cm
フィギュアなどでは見ていたが、ようやく実物にお目にかかることができた。運慶作の円成寺像と似通いつつも湛慶の作風もみてとれるという慶派仏。素地が出ている状態で、造形がよく見て取れる。もっとツルッとしているのかと思っていたが(フィギュアの影響?)、実物は思っていたよりも素地の状態はそんなにいい状態ではなさそうだ。目がやや小さめで、衣紋の払いがおとなしいな、と感じた。しかし精悍そのもので、細すぎず太くもなく、さすがは慶派仏というバランスだ。
東京藝術大学修復室によるこの像の修復レポがなかなかおもしろい。
そしていよいよ会場の中心、メインの部屋へ。
壽宝寺 千手観音菩薩立像(藤原時代) 像高169.1cm 国指定重要文化財
今回の特別展のメインツートップのうちの1体とも言える千手観音。真数千手(実際に手が千本ある千手観音)はやはり圧巻だ。昨年のエントリでも書いたように、他の真数千手はズッシリとしていたり分厚かったりして何だか重そうな感じに見えるが、こちらの真数千手はまるで翼を広げたように優雅で軽やかだ。
壽宝寺へは過去に2度ほど訪問している。小さな収蔵庫に入っている千手観音と2体の明王像はインパクト十分。お寺の方がドアを開け閉めして見せてくれる昼と夜の顔の変化が印象的である。昼は厳しく、夜は穏やかな表情になる。今回はやや夜の顔に寄せた斜め上からの照明ながらも、目や唇の朱をも見せるように計算されているようで、ちょうど中間という感じの表情であった。お寺では正面かやや斜め前からの拝観になるが、今回は真横からも拝観できる。真数千手の小さな手の付き方がよくわかる。表情も横顔は全く違う雰囲気があり、鼻がまっすぐにスラっと通っていてなかなか美しい。
壽宝寺 降三世明王(左)金剛夜叉明王(右)(平安時代) 像高155.1cm(降三世明王)、155.8cm(金剛夜叉明王)
いつもは千手観音の脇侍のように床面に配置されている二明王像だが、今日は壇上に上がり照明を浴びて誇らしげ。憤怒相だが、何というか、その表情や雰囲気がどことなくユーモラス。踏み殺されてるはずのウマーが「あー全然平気」と言わんばかりに普通に座っているあたりなども、どうにも憎めない愛らしさがある。今日は晴れ舞台、良かったな、と肩を叩きたくなってしまう親近感がある。
壽宝寺 聖徳太子立像(鎌倉時代) 像高105.3cm
昨年壽宝寺を訪れた際、本堂内を外から見たらこの聖徳太子像が見えたが、同行した友人が髪型に注目していた。美豆良のクルクル度がすごい。いわゆる孝養像だが、この像は厳しい顔をしている他の孝養像とは違って穏やかな表情なのだそうだ。
禅定寺 十一面観音菩薩立像(平安時代) 像高286.3cm 国指定重要文化財
ツートップのもう1体がこちら。まさかこの像がお寺から出陳されるとは思わなかった。ちょうど壽宝寺千手観音とは向き合う形になっているのが素晴らしく贅沢な展示だ。
禅定寺に以前訪れた際、収蔵庫に入って思わず「うおっ!」と声が出てしまったのは、この十一面観音のあまりにも堂々たる素晴らしい姿に圧倒されたからである。総高3mを超えるこの巨大な像は一木造というのがまずすごいことで、その太い体、さらには堂々たる足ときれいな翻波式衣紋に、一人収蔵庫で惚れ惚れしながら拝観したのが忘れられない。
今回は光背が外されおり、高い天井の中に置かれていると、お寺で拝観するのに比べてかなり小さく感じるのだが、やはりそでも堂々としていて素晴らしい。次の国宝と目されていると聞くが、それも納得できるものがある。
禅定寺 地蔵菩薩踏下像(平安時代) 像高87.4cm 国指定重要文化財
禅定寺は十一面観音だけではなく、素晴らしい平安時代の仏像がずらりと並ぶ仏像ワールドなのだが、この地蔵菩薩にも圧倒されるものがある。何と言ってもまずその独特な半跏の姿、そして頭が大きいことに目が行く。そして衣紋の彫りがとても美しい。
蟹満寺 阿弥陀如来座像(平安時代) 像高31.5cm
蟹満寺というと、先述の白鳳時代作の丈六ブロンズ釈迦如来像が圧巻というイメージが強い。この小像は現在の本堂に安置されているそうで、全く知らなかった。本来は薬師如来だったかもしれないという像だそうで、一部に乾漆を使っているなど、古式な造形なのだそうだ。小さいながらもどっぷりした肉付きといい、なかなかいい雰囲気だと感じた。蟹満寺には他にも首の部分だけ平安時代作という聖観音などもあるようで、改めてゆっくり訪れたいと感じた。
神童子 不動明王立像(平安時代) 像高162.1cm 国指定重要文化財
その色から「白不動」とも呼ばれ、寺伝では「波切白不動」とも言われるているそうだ。確かに白い。私が初めてこの仏像の写真を見た時は「かわいいな」というイメージだった。表情がやや童顔で、上あごの歯で下唇をかみしめている口が少し微笑んでいるようにも見えたり、辮髪がなくてちょっとイガグリ頭に見えるところなど、何だか子どもののような愛らしさを感じさせるためだろうか。そのイメージで勝手に小さい像なのだと思い込んでいたが、実際には等身の大きさがあり、お寺でお会いした時は、こんなに大きいんだ、と少々驚いた。円珍感得の金色不動明王に由来すると思われる像で、本来は金色だったのだろうか。よく見ると腰布あたりの衣紋の造形などは独特でなかなかおもしろい。今回の特別展では光背は修理中とのことで出展されていなかった。
他にも素晴らしい仏像や仏画、障壁画などが数多く展示されており、かなり満足な特別展であった。今回は出展されていないが、南山城の仏像を代表する観音寺の十一面観音(天平時代・国宝)など、他にも数多くの素晴らしい仏像が南山城にはいる。今まであまり知られていなかったこれらの寺院が、今後大切に受け継がれていくためのひとつのきっかけになるといいと感じた。
「南山城の古寺巡礼」展は、平成26年4月22日(火)〜6月15日(日)まで ※5月20日より後期の展示が始まりました
【京都国立博物館(きょうとこくりつはくぶつかん)南山城の古寺巡礼展】
〒605-0931 京都市東山区茶屋町527
TEL:075-525-2473(テレホンサービス)
休館日:毎週月曜日
開館時間:9:30〜18:00(入館は17:30まで)※ただし会期中の毎週金曜日は20:00まで(入館は19:30まで)
入館料:一般 1500円
アクセス:100、206・208号系統にて博物館・三十三間堂前下車、徒歩すぐ
駐車場:有料駐車場あり(博物館観覧にて1時間無料のサービスが受けられる。本館出口にてサービスの受付をしてもらうのを忘れずに)
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