倉吉には多くの素晴らしい仏像が遺されているということは調べていてよくわかったのだが、なぜなのだろう?と思った。その多くは倉吉市の西方にある。今は大山からの裾野の丘陵地帯と、川に沿ったのどかな田園地帯が広がっている風景である。
実はこの地域は、かつての伯耆国(現在の鳥取県西部)の国府、および国分寺が置かれていた(伯耆守として、あの山上憶良も赴任したことがある)。律令体制下では伯耆国の中心だったのである。それだけではなく、倉吉から連なる峰の先、西にそびえる大山(伯耆富士)は、出雲風土記に初見し、国引き伝説にも関わる古い信仰の山である。倉吉とは反対側になるが、大山の西側斜面には上淀廃寺などのように白鳳時代からの寺院や大山寺のように天平年間からの寺院など、高い文化の跡が確認できる。やはり山陰は大陸とも近いことで、渡来人などを通じて、早い段階からの文化の伝来もあったのであろう。今回訪れた大日寺も、伯耆国分寺からはそんなに離れていない丘陵地帯にある。
大日寺は寺伝によれば、承和8年(841年)に智証大師・円仁が開いたという。永延2年(988年)に源信が再興したといわれる古刹である。かつてはかなりの伽藍を誇ったようで、全国最古といわれる平安時代の瓦経(粘土板に経文を刻んで焼成したもの)多数が出土していたりするそうだ。そんな古刹・大日寺へと向かう。
大滝山地蔵院から走るうちににわか雨が降ったが、大日寺に到着する頃には青空から明るい陽光が差していた。稲田の瑞々しい緑を見下ろすように大日寺の伽藍は静かに、いや、セミの声の中に佇んでいた。
お寺の前の道が少し広くなっていて、車を置いてから気づいたが、よく見ると斜めに線が引かれていて駐車場になっているのがわかる。
一段高くなっている境内へと上がると、石州瓦で葺かれたお堂が並んでいる落ち着いた佇まいであった。
呼び鈴を押して予約した者であることを告げると、先ほど鍵を開けておいたので自由に拝観して良いと言っていただく。
本堂裏にある収蔵庫から訪ねよう。
※撮影には許可をいただいています。
阿弥陀如来坐像(鎌倉時代・1226年)像高114.8cm ヒノキ材寄木造 国指定重要文化財
本堂裏の収蔵庫に1体だけ安置されている大日寺の本尊である。背面に銘文があるそうで、造像年代がハッキリしているそうだ。
目が切れ長の非常に端正な顔立ちである。鼻の造形が独特に見える。凜々しくキリリとしている。衣の折れているところや衣紋がリアルであるところに鎌倉時代らしさも感じるが、目の形や全体の造形の雰囲気に、平安の中央仏っぽいものをも感じるのは自分だけだろうか。
首だけが黒っぽく見えるのは時代が違うのか、あるいは修理の痕跡なのだろうか。大ぶりな白毫の周りが白く漆がはげているのが気になるが、これは後世にとりつけたものだろう。
左手の与願印の位置が膝の上ではなく持ち上げているのが珍しい。東京都稲城市にある常楽寺の阿弥陀如来像も同様の造形であるが、このような図像があるのかもしれないし、修理の影響かもしれない。指が何本か欠損しているのが痛々しいが、輪を作るような造形だけがが両手とも遺った形になっており、阿弥陀であることをしっかりと主張している。
端正な顔立ちの阿弥陀如来の素晴らしさに魅了されたが、本堂のこちらの像にも大いに惹きつけられた。
薬師如来立像(平安時代中期〜後期) 像高152cm ヒノキあるいはカヤ材一木造 鳥取県指定文化財
素朴な雰囲気の地方仏らしさがあるが、衣紋が室生寺の像に似ているところがあるな、と感じた。
室生寺金堂の中尊である伝釈迦如来立像(実際は薬師如来立像)や、現在は近隣の安産寺で守られている地蔵菩薩立像には特異的な衣紋があり、漣波式(れんぱしき)と呼ばれる。
これは、大きな衣の波の間に2本の小さな波が表現されるもので、漣(さざなみ)ということを表現した、なかなかオシャレなネーミングである。天平後期から平安前期の仏像によく見られる翻波式衣紋は、大波と大波の間に小さな波が1つ入るのであるが、2本入るのが漣波式なのである。
この薬師如来立像の衣紋は、2本の小波が入っているようにも見える。
ただ、地方仏をよく見るようになってわかるのが、大波の表現はいろいろある、ということである。1つの盛り上がりで波そのものを表現する場合と、波のいただきを平らに表現する場合とがある(上図の太い大波バージョン)。
こちらの像の衣紋も、1本は確実に小波であろうが、もう1本は果たして小波なのか、大波の平らな頂の縁なのか、ちょっとわからない。
しかしいずれにしてもこの衣紋はとてもキレイだ。漣波式ではないとしても、この像のものは彫りが浅いというか薄い。それが室生寺像との共通性を感じさせるのだろう。もちろん造形のレベルの差はかなり大きい上に、衣紋の形式も違う。とは言え、色も朱色のようにも見えて、室生寺像を彷彿とさせるものがある。
割れの痕が痛々しいが、表情や螺髪の彫りは素朴で、それがまたいい。
直線的な造形で中央式ではないものの、何とも惹きつけられる仏像であった。
もう1体、グッときたのがこちらの石仏である。
大日如来坐像(平安時代後期)像高60.1cm 石造
胎蔵界の大日如来坐像である。頭部は大きく欠損しているが、体部の造形は柔らかく、石というよりも塑像のような出来になっている。表情もどっしりとした雰囲気が良く、同じく大日如来坐像の石仏である大分県の臼杵石仏の大日如来坐像に似ているな、と感じた。
かつては大寺院であった名残を仏像に留めているが、外に出れば目に染みるほどの緑と雨雲の間にのぞく青空のもと、ゆったりとした雰囲気に包まれるお寺である。よくよくお礼を申し上げて、若々しい稲穂が印象的なこの地を後にした。
【胎金山 大日寺(だいにちじ)】
〒682-0634 鳥取県倉吉市桜354
TEL: 0858-28-5081
拝観:要予約
拝観料:志納
アクセス:倉吉駅からバス 桜停留所下車 徒歩
駐車場:門前の道路が幅広になっているところに斜めに仕切られた駐車スペースがある(無料)
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