東高尾観音寺は、大日寺のひとつ峰を越えた北側にある。車なら10分とかからない距離なのであるが、一旦、倉吉の町へと車を走らせる。というのも、ご住職は近年、交通事故に遭い、足を不自由にされたということで、お迎えに行くことになっているのだ。
近くまで来たら連絡を、とのことだったので、15分前到着できそうということで連絡すると、なぜかお怒りの様子。どうやらお伝えしていた時間を間違えていらっしゃったようだった。もう拝観できなさそうな雰囲気だったが、お寺に直接来るようにということだったので、拝観はさせていただけるのかもしれない。予約をしたのは1週間前であるが、やはり当日朝にも確認の連絡をするべきであったのだ。お寺は私たちのような者に一人一人対応する義務はないのに、遠くから来てわざわざ開けて下さるのである。もう少し考えるべきであったと車を走らせつつ自分の行動を反省する。
お寺に先に着いて、セミ時雨と深い緑からこぼれる木漏れ日の中待つ。
収蔵庫落成記念の巨大な石碑。
お寺前の六地蔵。
しばらくすると軽自動車が1台到着して、ご住職と運転してきて下さった女性とが降りてきた。ご住職に連絡不足をお詫びすると、お互い気を付けようと仰って下さり、和やかに対応していただけた。それだけではなく、私の車がご子息が通っていらっしゃった大学のある市のナンバーであったことや、私の出身大学のOGの方が、倉吉で塾を開いて非常に頑張っていらっしゃることなどが幸いしたようであった。
ご住職は石段を登るのも大変そうで、わざわざ来ていただいたことに改めて感謝する。石段を上がった正面に本堂があり、右手には三角屋根の収蔵庫が見える。
本堂はかなりボロボロなように見える。緑に包まれるようなこのお寺全体が自然に還ろうとでもしているかのようにも見える。
この寺は大滝山地蔵院と同じく、奈良時代に行基が創建し、佐々木高綱が再建したという。かつては近江堂と呼ばれていたそうだ。ただ、創建や由来については不明な点が多い。本堂は江戸時代のものだという。
まずは本堂に上がる。すでにこのお堂には仏像はなく、写真のみが飾られている。苦労して脚立に登って裸電球を点し、準備万端とばかりに般若心経を挙げて下さった。
すっかり機嫌を直して下さったご住職とはいろいろな話をさせていただく。実際には非常に気さくな方で、いろいろなことをご存じであった。三徳山で修行をされたということで、このお寺を守り抜くことこそ自分の使命、としっかりとした口調でおっしゃったのが印象的だった。
本堂を出て脇にある収蔵庫へと移動する。このお寺を訪れたのは、この収蔵庫を拝見するのが主目的である。
たくさんある鍵の中から収蔵庫の鍵を探し当てて大きな扉が開く。噂に聞いていた、開けた瞬間に防犯ブザー、というのは今回はなかった。
扉が開いて照明がつくと、驚きの声も出ない空間がそこには待っていた。
※撮影には特別に許可をいただいています
情報は得ていたが、実際に目にするとその数とオーラに圧倒されてしまう。予想以上にすごい。
現在、この収蔵庫には総計45体の仏像が並んでいる。完全な状態を留めた者はなくすべて破損仏であり一木造である。
45体のうち、2体は保存状態が比較的良く、国の重要文化財に指定されている。
千手観音菩薩立像(平安時代前期)一木造(ヒノキ材?) 像高188.0cm 国指定重要文化財
たくさんの仏像の中にあって、その大きさもさることながら、圧倒的に存在感を放っているのがこの仏像である。堂々としている。下半身は直線的であるが、上半身はわずかにくねっているように見える。
表情は非常に独特で、異国情緒すら感じる。エキゾチックで思わず目が離せなくなる魅力がある。不思議というか、少しばかり妖しい霊力すら感じてしまうほどだ。
目が杏仁形にも見えるため、何だか古代の様式の仏像にも見えてしまう。堂々と背を反らせる造形から、まるで法隆寺の救世観音にでも向き合っているような錯覚に陥る。垂髪が大きいのにも目が行く。
今は、手先の欠損する合掌していたと思われる大手2本のみを遺すが、両腕脇の後方に腕を挿していたと思われる穴がハッキリと確認できる。それ以外にも削り取られたとみられる痕跡があることから、千手観音であったことがわかるという。
ふと、衣紋の特異さに気づいた。注目は腰布から下である。観音像の下半身の衣紋というのは基本的には左右対称に作られることが多い。しかしこの像は左右が違って作られている。なかなか珍しい。
肩にかけられた衣紋や条帛など、色があるわけではないが、薄様の透き通るような柔らかさを感じる。本来は彩色がされていたようであるものの、元は木心乾漆であったのだろうか、と思ってしまうほど薄い彫りだ。しかし足元の裾を見ると、翻波式衣紋がかなり美しい。両側の襞の表現も美しく、平安初期の仏像であったのだろうということを感じさせてくれる。肉付きのいい柔らかそうな体躯からは、天平の息吹すら感じるものがある。ちなみに、こちらは鳥取県内では最古の仏像であるという。
十一面観音菩薩立像(平安時代後期)一木造(カツラ材?) 像高157.5cm 国指定重要文化財
千手観音と2体並び立つ観音像である。頭上にハッキリと小面をつけていたと思われる痕跡が見て取れる。天冠台の縦の彫りが整然としていて美しい。
腰から下の衣紋は非常に形式的であるが、何だか正面感を重要視した飛鳥時代を思い起こさせるほど平ぺったい。条帛から左腰へと垂れる天衣など、どことなく稚拙さも感じさせる表現も見受けられる。
しかし表情は素朴ながらも非常に美しい。
千手観音像の少し妖しい雰囲気と比べると、しっとりとした穏やかさを感じさせてくれる。木目もきれいだが、木肌の暖かさが伝わってくる像である。
(後編へ続く)
【東高尾観音寺(ひがしたかおかんのんじ)】
〒689-2214 鳥取県東伯郡北栄町東高尾560
TEL:0858-37-5871 (北栄町役場生涯学習課)
拝観:要予約(ご住職は足が不自由なため、できれば個人拝観は避けたいところ。余裕をもって予約のこと)
拝観料:500円
駐車場:なし(お寺前の道路の路肩は広く、そこに駐められる ※要確認)
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